2026年06月28日
ハレルヤ!主にあるみなさま。いかがおすごしでしょうか?
6月28日、愛知長老教会は6月最後の主日礼拝をささげました。説教はヤコブの手紙2章1-13節から「恵みに生きる信仰の実り」と題して御言葉を取り次ぎました。ヤコブが語る「聞くだけではなく行う信仰」の具体的な実りに目を向け、神の恵みを受けた者がどのように隣人を愛し、その愛を生活の中で実践していくべきかを共に学びました。
1. 栄光の主を見上げる者は、人を分け隔てなく愛する
ヤコブは、栄光の主イエス・キリストを信じる者は、人をえこひいきしてはならないと語ります。当時の教会では、富や身分によって人を扱い分ける問題がありました。しかし、それは社会的な現象ではなく、主の栄光から目を離した結果です。キリストの圧倒的な栄光を知る者は、世の地位や財産に価値を置かず、一人ひとりを神の前に等しく尊い存在として見るようになります。信仰の最初の実りは、隣人を愛する姿として現れるのです。
2. 神の恵みは、貧しい者を信仰に富む者として招く
神は、この世で弱く貧しい者を選び、信仰に富む者として御国を受け継ぐ者としてくださいました。それは経済的な貧しさだけでなく、自らの弱さを認め、神を必要とする霊的な貧しさも含みます。神の恵みを受けた者は、その恵みを自分だけに留めるのではなく、愛となって周囲へ流していきます。福音を分かち合い、渇いた人々へ命の水を届けることも、えこひいきのない愛の実践なのです。
3. 隣人愛とあわれみに見える成熟した信仰の実り
ヤコブは「隣人を自分自身のように愛しなさい」という王の律法を示し、本物の信仰は必ず愛となって現れると教えます。この愛は外側から強制される律法ではなく、十字架によって示されたキリストの愛が心に刻まれ、内側から生み出される歩みです。そして最後に、「あわれみは、さばきに打ち勝ちます」と語り、神のあわれみによって救われた者は、そのあわれみを他者へ流すよう招いています。そのため、神の愛を受けた者の成熟は、隣人愛とあわれみに表れます。それこそが自由の律法に生きるキリスト者の姿です。
ヤコブの手紙2章は、単なる差別禁止の教えではなく、神の恵みに生かされた信仰がどのような実を結ぶのかを示しています。御言葉によって成熟した信仰は、人を分け隔てなく愛し、神の恵みを分かち合い、あわれみをもって隣人に仕える歩みへと結実します。私たちも十字架のあわれみによって救われた者として、栄光の主イエスキリストが一人ひとりをご覧になるように人を愛し、その愛を教会の内外へ豊かに流していく真の信仰者でありたいと願います。
参照|ヤコブの手紙2章1-13節 【新改訳聖書第3版より】
1 私の兄弟たち。あなたがたは私たちの栄光の主イエス・キリストを信じる信仰を持っているのですから、人をえこひいきしてはいけません。
2 あなたがたの会堂に、金の指輪をはめ、立派な服装をした人がはいって来、またみすぼらしい服装をした貧しい人もはいって来たとします。
3 あなたがたが、りっぱな服装をした人に目を留めて、「あなたは、こちらの良い席におすわりなさい。」と言い、貧しい人には、「あなたは、そこで立っていなさい。でなければ、私の足もとにすわりなさい。」と言うとすれば、
4 あなたがたは、自分たちの間で差別を設け、悪い考え方で人をさばく者になったのではありませんか。
5 よく聞きなさい。愛する兄弟たち。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富む者とし、神を愛する者に約束されている御国を相続する者とされたではありませんか。
6 それなのに、あなたがたは貧しい人を軽蔑したのです。あなたがたをしいたげるのは富んだ人たちではありませんか。また、あなたがたを裁判所に引いて行くのも彼らではありませんか。
7 あなたがたがその名で呼ばれている尊い御名をけがすのも彼らではありませんか。
8 もし、ほんとうにあなたがたが、聖書に従って、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」という最高の律法を守るなら、あなたがたの行ないはりっぱです。
9 しかし、もし人をえこひいきするなら、あなたがたは罪を犯しており、律法によって違反者として責められます。
10 律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです。
11 なぜなら、「姦淫してはならない。」と言われた方は、「殺してはならない。」とも言われたからです。そこで、姦淫しなくても人殺しをすれば、あなたは律法の違反者となったのです。
12 自由の律法によってさばかれる者らしく語り、またそのように行ないなさい。
13 あわれみを示したことのない者に対するさばきは、あわれみのないさばきです。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。
