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へブル人への手紙講解3「御子が受け継いだ御名は、御使いたちの名よりもすばらしく」へブル書1章4-14節

2026年09月20日

ハレルヤ!主にある皆様。主をほめたたえます。
9月20日、名古屋愛知長老教会の主日礼拝では、へブル人への手紙1章4-14節から、「御子が受け継いだ御名は、御使いたちの名よりもすばらしく」と題した御言葉が語られました。説教では、御使いと御子の違いを通して、創造主であり永遠の王であるキリストの卓越性と、その御子によって救いの相続者とされた私たちの恵みが示されました。

御使いを超える「御子」の御名

へブル書は、旧約聖書に記された神の約束がイエス・キリストにおいて成就したことを示しながら、御子が御使いよりもはるかにすぐれた方であると語ります。御使いは神の御心を伝え、仕える者ですが、御子は旧約が待ち望んだ「御子」であり「王」です。旧約聖書の言葉は、御子が誰であるかを証しする証言として、キリストへと焦点を結びます。御子こそ、聖書が指し示してきた救いの中心なのです。

礼拝され、永遠に治められる御子

御使いは御子を礼拝する者であり、仕える霊です。それに対して御子は、永遠の御座に着き、義をもって治める王として描かれます。さらにへブル書は、天地を創造された方、決して変わることのない永遠の主として御子を示します。時代も環境も人間も移り変わりますが、キリストは変わりません。だからこそ私たちは、移ろうものではなく、永遠に変わることのないキリストに信仰の根を下ろして歩むのです。

御子によって救いの相続者とされた私たち

最後にへブル書は、御使いが「救いの相続者となる人々」に仕えるために遣わされたと語ります。ここで私たちは、御子がどれほど偉大であるかだけでなく、その御子によって救いの相続者とされた自分自身の身分を覚えます。私たちの尊厳や希望は、自分自身の力から生まれるのではなく、御子との関係によって与えられたものです。だからこそ、困難の中でも自分を卑下したり誇ったりするのではなく、キリストによって与えられた身分を覚えて生きるのです。

御子は、御使いをはるかに超える「万物の相続者」であり、創造主であり、永遠の王です。神の右の座に着かれ、すべてを治められるこの方こそ、私たちの信仰の中心です。そして、この偉大な御子によって私たちは「救いの相続者」とされました。変わりゆく世界の中にあっても、変わることのないキリストに目を向け、御子によって与えられた恵みと尊厳を覚えながら歩むことが、この箇所から与えられる大きな恵みなのです。

参照:新改訳聖書第三版
へブル人への手紙1章4-14節
4 御子は、御使いたちよりもさらにすぐれた御名を相続されたように、それだけ御使いよりもまさるものとなられました。
5 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。」またさらに、「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。」
6 さらに、長子をこの世界にお送りになるとき、こう言われました。「神の御使いはみな、彼を拝め。」
7 また御使いについては、「神は、御使いたちを風とし、仕える者たちを炎とされる。」と言われましたが、
8 御子については、こう言われます。「神よ。あなたの御座は世々限りなく、あなたの御国の杖こそ、まっすぐな杖です。
9 あなたは義を愛し、不正を憎まれます。それゆえ、神よ。あなたの神は、あふれるばかりの喜びの油を、あなたとともに立つ者にまして、あなたに注ぎなさいました。」
10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。
11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。
12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」
13 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」
14 御使いはみな、仕える霊であって、救いの相続者となる人々に仕えるため遣わされたのではありませんか。



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